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● 「アカハラよ、さらば」または略語の分別または川と図鑑 2004-04-16
標記のポスターを目にしてギョッとした。
「akahara」の音を聞いてわたしの念頭にまず浮かぶのは、川底の石の下や水草の間からぬっと顔を出しては悪餓鬼をビクッとさせるどぎつく腹の赤いあのイモリである。そのへんにいる「あかはら」が「イモリ」であることを知ったのはだいぶ後になってからだった。北海道には残念ながら生息していない。だから「撲滅せよ」には思わず我が目を疑った。「アカハラを守れ」なら想像力の守備範囲に収まっただろうが。
誰が最初に「アカハラ」という略語を使ったのかは知らないが、その人はアカハライモリの思い出をもたないか、ひょっとしたら、図鑑でイモリを知り「俗称アカハラ」という付記を読んだことくらいはある人か。いずれにしても、わたしだったら、「アカハラよ、さらば」というコピーは間違っても採用しない。
それほど目くじら立てることではないのかもしれない。けれども、もしもこの国に「アカハラ」という少数民族がいたとしたら、こんなコピーはありえなかっただろう。それどころか「アカハラ」という略語さえ普及しなかっただろう。というか、この語を使用する者は分別を疑われること間違いなし。
もちろんこの一事からアカデミズムの住人たちの感性や出自を論じるのは飛躍のしすぎだが、やっぱり引っかかるし、少し寂しい。わたしと同じように感じる人たち(「昔はあかはらのいっぴゃおったとばってんなぁ、今でんたまぁに見かくっですばい」)の目にこのポスターが触れることはほとんどないのだろうな。
アカハラよりもあかはらのほうが先に絶滅しそうだから、この問題はそのうち自然消滅するかもって、ほんとはそれじゃ困るんだけど。
念のため断っておくがポスターの趣旨に異議はない。
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