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● <民主教育>再考 2004-07-10
私はかつて堀尾輝久の議論を検討し、そこに相反する理論仮説、教育的価値独立説と人類的価値普遍説が潜んでいると指摘した。そのうえで、二つの解釈・評価の可能性、(1)二つの仮説が共存できないということに気づかない「理論の自殺」解釈。(2)特殊な歴史的事情によって時務論を余儀なくさせられたという「政治的配慮」解釈、を示した。(「規範的教育論の岐路」の PART 2 「冷戦期教育学の遺産」) 以下は、その続編のためのメモである。

「民主教育」という用語は、たとえば「国民教育」というそれに比べれば、はるかに非論争的な用語である。教育が民主的であるべきということは、いわば公約数として幅広い立場によって受け入れられているように見える。そこのところをちょっと切ってみる。

カール・シュミット Carl Schmitt によれば、民主制 Demokratie は論理的には同一性 Identitaet に依拠している。「統治者と被治者、支配者と被支配者の同一性、国家的権威の主体と客体との同一性、人民 Volk と議会におけるその代表との同一性、国家とその時々に投票する人民との同一性、国家と法との同一性、最後に、量的なもの(数的に現れた多数あるいは全員一致)と質的なもの(法律の正しさ)との同一性」(Schmitt 1985(1926): 35. シュミット 1972: 37)である。しかし、「いかなる瞬間にも現実に存在しているような絶対的、無媒介的な同一性を樹立することは決してできない」(Schmitt 35; シュミット 37)。とするならば、「すべては(人民の)意志がいかにして形成されるかにかかっている」(Schmitt 36; シュミット 38)。かくして同一化 Identifikation が課題として浮上してくる。
「いわゆる民主的諸原則に基づいて女性参政権を支持し、しかもその結果、多数の女性が民主的には選挙をしないということも起こる。そのとき、国民教育 Volkserziehung のあの古い綱領が繰り出される。すなわち、正しい教育によって、人民は、自らの意志を正しく認識し、それを正しく形成し、正しく表現するように導かれうる。これは実際には、被教育者の欲するであろう意志の内容もやはり教育者によって決定されているということを度外視しても、教育者が自らの意志を人民のそれと少なくとも当面は同一視するということにほかならない。かかる教育理論の帰結は独裁であり、これから先さらになお創り出されるべき民主制の名における民主制の一時棚上げである。これは理論的には民主制の廃棄ではない。だが、このことに留意しておくのは重要である。というのは、独裁は民主制に対立しないということをそれが示しているからである。このような独裁によって支配される過渡期の間も、民主的な同一性が支配的でありうるし、人民の意志のみが決定的な標準でありうる。この場合に、もっぱら実際的な問題は同一化にかんする問題、すなわち、人民の意志を形成するための手段を誰が操るのかという問題にかかわっているということが、とりわけ目立ってくるということは言うまでもない。軍事的および政治的な強制力、宣伝、報道機関を通じた公論の支配、政党組織、集会、国民教育 Volksbildung、学校である。なかでも、政治権力は、そこからその政治権力が発生するはずの人民の意志を、あらかじめ自ら形成することができる。」(Schmitt 37--38; シュミット 39--40)」
五十嵐顕(1975)は戦後の教育改革を振り返りつつ次のように書いている。
「民主的な日本建設の課題を負う国民が、その達成にさきだって同時に、そのための民主的主体を教育するというのは一見悪矛盾であった。悪矛盾をどうしてたち切るかという性質は、こんにちの民主的教育の努力にもひそんでいる。」(五十嵐 1975=1976: 166)
ここで言われている「悪矛盾」は、典型的には戦後当初に宗像誠也が自覚的に対峙した基本問題であり、また同時に、教育委員会論から教育権論へというその後の彼の転回を余儀なくさせた難問でもあった。

では、1970年代当時における「民主的教育の努力」はこの問題にどう対処しようとしていたのであろうか。一言でいえば、それは教育の外から内へと表現されうるものであった。

1969年から1970年にかけて『講座 現代民主主義教育』(青木書店)が刊行された。
その第1巻に寄せた論文の中で、五十嵐(1970)は、これまでもっぱら「教育と国家の関係、もしくは教育の制度的運営にたいする国民の参与の形式として、考えられてきた」(15)民主教育を「教育価値」として位置づけ直す。
「民主教育は、いわば教育の外にあって、なんらかの教育価値の実現を推進するものとしてでなく、教育活動の内部に立ちいって、生きて働かねばならないのである。」(14)
「民主主義が教育過程の内部にはいること、それが問題なのである。」(15)
「民主的」が教育運動の接頭辞であった当時において、「教育価値としての民主教育」という「奇異にみえるかもしれない」表現を敢えて採用した五十嵐の意図は「民主教育(論)と現代社会の教育学理論との[自覚的]接触」にあった(あとがき 367)。ここで「教育学理論」として意識されているのは、勝田守一と堀尾輝久とによって体系化されたそれ、教育的価値を鍵概念とする教育の自律性の主張である。さらに、「深化」した国民の教育権論がそこにオーバラップしてくる。
「国民の教育権、あるいは権利としての国民教育の理論が、国民教育の価値領域にたいする抵抗から、民主的主体形成の自覚に進んでくるにつれて、どうしても、この教育権論じたいのうちにふくまれていた価値観は、教育実践のうちに働くべき教育的価値として積極的に展開せざるをえない。教育価値としての民主主義教育という言い方をしたのはこのためであった。」(32)
以上の五十嵐の議論の背景にある思考枠組みを彼のマジック・ワードである「矛盾」を用いていささか図式的に整理すればはこうなる。教育の社会的基盤の矛盾→資本主義的教育の矛盾→社会的に組織された学校教育の内部矛盾。民主教育とはこれら諸矛盾に働きかける理論と実践との自覚の謂であった。民主教育の「民主」に潜む「矛盾」はこの場面では実質的なものとしての取り扱いを受けていない。

明らかなように、ここで指向されている民主教育は、シュミットのいう「同一化」の一プロセスを担うものとして構想されており、成功すればそれは「独裁」をもたらす。独裁とは教育的価値に従って行為することであり、「親の委託」に応えるということの別の表現である。
「自律性は指導としての性格を放棄することはできない。したがって教育は、権力に対して自律を要求すると同時に、子どもや親たちに対してもまた、指導を有効にはたすために、自律的なのである。」(勝田・堀尾 1958/59 = 1992: 327)
ここにおいて、堀尾は「子どもの発見」の先駆者としてのルソーだけでなく、ジャコバン主義に理論的支柱を与えたルソーにもまた忠実であることがわかる。ふたたびシュミットを借りれば、
「いかなる場合にも、人民の意志がすべての(未成年者をも含む)国民 Staatsbuerger の絶対的に一致した意志でありえないとすれば、多数者の意志と少数者の意志のいずれを人民の意志と同一とみなすかということは、抽象的な論理にとっては、本来なんらちがいのないことである。」(Schmitt 35; シュミット 37)
「理論的にも、また非常時には実際上も、民主制は、ジャコバン的論拠、すなわち少数者と人民との決定的同一化にたいして、また量的なものから質的なものへのその[人民]概念の決定的な転化にたいして無力である。」(Schmitt 40--41; シュミット 43--44)
ひょっとしたら、それ自体教育的価値と認定された民主教育こそ、あの教育的価値独立説と人類的価値普遍説とを結ぶミッシング・リンクとは言わないまでも、少なくとも両者の齟齬がもたらす論理的打撃にたいする緩衝剤ではあったのかもしれない。

前編おわり。
このあと後編で論じることは少なくとも二つある。
第一に、宗像の難問が問題リストから事実上消去されてしまったということの含意。もし消さずにいたら、たとえば学校選択論の登場によってこれほどの右往左往はしなかった? 黒崎を読めば足りるか。
第二に、やっぱりシャンタル・ムフ Chantal Mouffe か。次の文章を書いてから6年以上経った。ちなみに「冷戦期・・・」を活字にしてからは・・・エッ8年、ウッヘー!!
「左手の人差指の甲を軽く顎に添えこちらを見つめるブロンド(?)のストレートヘアの女性。ポートレートを眺めただけで原書を積んだままにしているうちに翻訳が出た。/カール・シュミットを論じた7章と8章がとくに興味深かった。/同一性・等価性の論理(民主主義)と差異の論理(自由主義)、両者は究極的には両立不可能な緊張関係にある。あたりまえの事柄である。しかし、この緊張関係に感謝すべきだという彼女の主張はあたりまえではない。」
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