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● 井深雄二 『近代日本教育費政策史』 2005-01-05
頼まれて書いた原稿。縦書用なので数字が読みにくいかも。

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井深雄二著『近代日本教育費政策史 ― 義務教育費国庫負
担政策の展開 ― 』勁草書房、二〇〇四年二月発行、四五
〇頁、本体一〇二〇〇円

                    田原宏人(札幌大学教職課程教員)

 折しも義務教育費の処遇が小泉内閣のいわゆる三位一体
改革の焦点となっている。「義務教育費国庫負担政策の展
開」を副題に掲げる本書は、図らずも時宜を見計らったか
のように刊行されたわけだが、通読すれば成書に至るまで
の地道で系統的な研究の跡は歴然としている。研究とはこ
ういうものなのだなと改めて思う。著者の慧眼が偲ばれる
力作である。

本書の構成と批評の視点

 全体が二部で構成されており、第一部「義務教育費国庫
負担政策の成立と展開」では、一九一八年町村義務教育費
国庫負担法から一九四〇年義務教育費国庫負担法に至る戦
前期義務教育費負担政策の成立・展開過程が丹念に跡づけ
られている。著者の接近態度を一言でいえば「教育費政策
史という観点」(三頁)、すなわち「文部省に固有の政策
論理」(四頁)の「内在的理解」(二五頁)ということに
なろう。従来の研究における内務省の政策論理の偏重傾向
への方法的反省がこの観点設定の背景にはある。この基本
的な構えには大いに共感する。
 第二部「教育費政策の諸類型」では、右の独自の観点を
発動させための道具立てが提示されている。実証研究から
は相対的に独立した方法論的考察を集めたこの部分が別置
されるのはわからないではないが、後置されることによっ
て読者がミスリードされる恐れはないか。少なくとも、第
一部における著者の記述の意図を把握するのに必要な部分
については前置されるべきではなかったか。このことに関
連して後述する。
 ともあれ、こうした観点から得られる義務教育費国庫負
担政策の主導動機は何か。私の読みとりが間違っていなけ
ればそれは「教権の確立」である。本書の実証研究部分に
おけるこの中心観念についても後述する。
 本誌の書評には著者がリプライされるとのことなので、
以下、作法に則り、教育制度・政策に関心を寄せる一研究
者の頭に浮かんだ疑問をもっぱら論じることにする。なお、
評者は本書が扱う分野にかんして必ずしも明るくなく、ま
してや史料の再検討を可能にする主観的・客観的条件下に
もないということを予めお断りしておく。

本書の特徴と方法的枠組み

 「歴史イメージの転換」を図ろうとする本書は、二つの
仮説を「謎」として提示している(二六―二七頁)。
 【謎甲】「国庫負担制度を教育の機会均等の財政的基礎
として評価する通説的理解に立つと、かかる前近代的な教
育制度の下で義務教育費国庫負担制度が成立・発達したこ
とは一つの謎でありうる。」
 【謎乙】「「国庫負担」が学校の国家的管理の財政的基
礎であるとするならば、国家の教育権論に立つ天皇制国家
が、かくも「国庫負担」制度の発達を遅らせたことことが
謎でなくてはならない。」
 甲が謎と見えるのは、前近代的な教育制度(機会均等を
原則としない)が国庫負担(機会均等の基礎となる)を実
現させた(やりたくないのにやった)からである。国庫負
担を学校の国家的管理の基礎とみなす著者によれば、前提
が間違っているということになり、甲は偽の謎となり、そ
の解としての歴史イメージも偽となる。しかしながら、仮
に「前近代的」と形容される教育制度が実は機会均等を原
則として含んでいたとするならば(その可能性はあると思
う)、甲はそもそも謎を構成しない。通説的先行研究の論
点整理と受けとればよいのかもしれないが、著者の暗黙の
前提については疑問なしとしない。
 乙は真の謎とされる(やりたいのになかなかやらなかっ
た)。鍵は、国庫負担を国家的管理の基礎とみなすという
著者独自の規定にある。著者によれば、国庫負担の対立概
念は受益者負担ではなく、むしろ設置者負担であるとされ、
新たな対立軸の実質は誰が学校を管理するのかに設定され
る(四〇二―四〇三頁)。ここから驚くべき結論が導き出
される。すなわち戦前の教育費政策は国家が学校を管理す
る「国庫負担を原則としていた」(四〇五頁)。
 国庫負担原則の制度化は遅れた。結果として、「一方で
は学校の経費負担者からその管理権限が剥奪され、他方で
は学校の経費負担を免れた国がその管理権限を占有すると
いう(転倒的)事態」が生じたが、こうした経費負担者と
管理者の分離は「近代的な所有関係」「自然な関係」に照
らせば「矛盾」であると著者は述べる(二八―二九頁)。
私的な所有関係を国家活動に拡大適用することの是非は措
くとして、そうであるならば、負担と管理を国家に一元化
しようとする国庫負担化は、近代化の特定の形態をめざし
ていたとみなすことができようか。

「教権の確立」

 謎乙の解明、転倒的矛盾がもたらす固有の論理の究明が
第一部の軸となり、「臨時教育審議会答申から教育審議会
答申に至る期間を通じて、文部省の政策論理の基調」(四
二七頁)につねに「教権の確立」論が流れていたというこ
とがつぶさに明らかにされている。ここにいう「教権の確
立」とは「教員の国家的管理の強化を意味する傾向的概念」
(二九四頁)とされる。具体的に言ってしまえば、地方長
官の教員任免権に対する市町村による掣肘の根拠としての
経費負担を撤廃しようとする傾向のことである。
 「教権の確立」をめぐる対立は国家対市町村を軸に本書
では記述されている。そこのところを少しく検討してみた
い。誰が誰の掣肘から逃れたいのか。
 まず「誰が」からみると、本書が明らかにしているよう
に、全国町村会と教員団体はともに全額国庫負担を要求し
ていたが、両者の間には決定的な溝が存在していた。「全
国町村会の要求は小学校教員俸給の全額国庫負担=市町村
支弁であった」(一六四頁)。対する教員側の主張は国庫
負担=国庫支弁により、「地方自治体、わけても腐敗堕落
せる地方議会、議員、有力者の掣肘から、更に俸給不払等
の不安から免れたいといふ点にあつた」(一七一頁より重
引)。評者としては、地方はほんとうに腐敗堕落していた
のか、教員給与の実態はいかほどであったのか等々にとて
も興味を覚えるが、残念ながら本書からそれを伺い知るこ
とはできない。昭和初期ある地方教員は「うっかりしてい
ると首があぶなくなる。小学校教員も実に憐なものになっ
てしまった。民衆の力は到底小学校教員位では如何ともす
ることが出来ない」(石戸谷哲夫・門脇厚司編『日本教員
社会史研究』亜紀書房、一九八一年、四〇四頁より重引)
と書き記している。もしもこれが一般化可能だとするなら
ば、ここには教員対民衆という対立軸が浮かび上がってく
るかもしれない。重ねてもしもそうだとするならば、戦前
における「国家教育費主義の例外」としての「設置者負担
主義」が「住民の教育要求を利用しつつ、地方の教育費を
国家教育費に転化させる仕組みであった」(四〇五頁)と
いわれるときの、「教育要求」とは何であったのかが問わ
れることにもなろう。
 財政史に解消されない教育費政策史をという構えに共感
すると先に書いたが、それが「教育」に届いているかどう
か一抹の懸念が残る。

教育費政策の諸類型

 第一〇章「教育費政策の諸類型」は「わが国の教育費政
策史研究のための仮説的枠組みを、教育費の類型論として
提示する」(三九九頁)。有償制―無償制、国庫負担―設
置者負担という四つの基礎範疇から成る二組の軸を交差さ
せて得れらる四つの象限に国家教育費主義(国庫負担+有
償制)、公費教育主義(設置者負担+無償制)、教育補助
金主義(国庫負担+無償制)、受益者負担主義(設置者負
担+有償制)の四類型がそれぞれ位置づけられる。これに
従えば、第二次大戦後の教育費政策にかんしては、公費教
育主義→教育補助金主義→受益者負担主義と展開してきて
いると整理されうる。美しい。
 では戦前についてはどうか。基本的には勅語体制下の教
育費政策は国家教育費主義(国庫負担+有償制)として分
類されている。だが問題が二つある。すなわち、実際には
市町村負担であり、第三次小学校令以降は義務教育無償制
であった。後者につき、著者は学校教育体系全体から見れ
ば義務教育の無償は「例外」、原則は有償であったとの解
釈を示し、前者については先にも触れたが「例外」として
の設置者負担主義が実は「地方の教育費を国家教育費に転
化させる仕組みであった」と説明している(四〇四―四〇
五頁)。
 してみれば諸類型の実用性は、少なくとも本書の対象と
する戦前期に限ってはいささか心許ないような気がする。
義務教育は無償かつそれ以外は有償を外延とするような教
育費範疇の内包が求められるべきではなかったのか。また、
「例外」としての設置者負担がそのような機能を果たして
いたとするならば、そのことは逆に、国庫負担という形態
が国家教育費主義にとって非本質的な要素なのではとの疑
念を生まないであろうか。不遜な物言いになってしまうが、
総じて、教育費を歴史的範疇として析出し結晶化させる作
業が十分に果たされたのかどうか。

落ち穂拾いなど

 歴史を記述するにさいして、事実に自己を投影すること
は避けがたいとはいえ、「国家の教育権」という後世の概
念装置がそのまま歴史分析の道具概念として使われている
箇所があるのには引っかかる。
 従来の財政史研究との差別化は本書の持ち味であり、そ
のことを評価するに吝かではないし、事実をいくら積み重
ねてもそれで歴史が書けるわけではないということも承知
しているつもりだが、それでもなお、最小限必要な歴史像
の構築(教育をめぐる諸事実の再構成)に謙抑的にすぎる
のではとの印象がどうしても残る。
 本書を読んで、そこに盛られている記述の量と質に圧倒
されながらも漠然とした違和感を覚えた。違和感の主因は
当方のキャパシティにあるにしても、この書評を書くにあ
たり、評者としてはその違和感に頼る以外選択肢はなかっ
た。なにがしかの役に立てば幸いである。
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