.

...back to the entrance

● 途中下車駅から再乗車:no-nonsense宣言再び 2006-01-13
年頭所感にあのように書いた手前、始めなければならないが、どこから何を始めるかいろいろ考えてもスマートなアイディアが浮かばないので、やはり、途中下車した10年前のあの時点に戻ってやり直すしかないなと・・・10年前、こんなことを言っていた・・・
3 生まじめな教育制度論のために

3-1 アカデミック・ギャップを埋める

 規範的教育論のうち,いわゆる教育哲学よりも相対的により物質的な仕組みの在り方を持ち分とする分野を大雑把に教育制度論と呼ぶとしますと,この分野と教育アカデミズムの他の諸領域とのあいだ,さらには狭義の教育アカデミズムには属していていない隣接諸領域とのあいだのアカデミック・ギャップはもはやまともなコミュニケーションの成立する余地のないほどに開いてしまっています.このことを承認し,そのギャップを埋めることは焦眉の課題だと思います.

3-2 現実とのギャップを埋める

 理論の後進性を承認するならば,ここ20〜30年間における他の理論分野の進展を否定しないかぎり,当然のことながら, わたしたちのこの分野が現実から置いてきぼりをくらってきたということを直視することになります(あるいは逆も言えます.現実についていけないことの承認のほうが先行することもあるでしょうから).これまでは知らないでいることができたけれども, こうなったら知らないでいることができないような現実がたくさんあるのではと考えます. 要するに,理論にリアリティをもたせなければなりません.現実を動かすことに熱心であるあまり,それが動かないときに,困難の原因を現実の側に押しつけるという轍を踏むようなことだけは厳に慎むべきでしょう.むしろこちら側の問題なのです.理論をつくるという観点からみれば,この難局はチャンスですらあると言えます.

3-3 限界を共有する

 普遍性や本質をこれまでと同じような語り口で語ることはもうできないと思います. かといって,安易に相対主義を気取ることにも警戒しなければなりません.
 では,今しがた申し上げた二つのギャップを埋めたとして,どのような道が規範的教育制度論の前に開けるでしょうか? 脱構築の対象として受動的なサブジェクトとなるか,あるいは解放的ディスコースの超越論的サブジェクトとなるか,どらちらかの道しかないのでしょうか? はたまた両者の間で右往左往するしかないのでしょうか? それとも,その不安定性をシステマティックに戦い抜く現場となりうる道がどこかにあるのでしょうか? わたしとしては,この最後の道を開拓することが〈たったひとつの冴えたやりかた〉(the only neat thing to do) だと考えます.でも,そうだとして,さてどこから手をつけていけばいいのでしょうか?

 これといった妙案を持ち合わせてはいるわけではありません. フロアの皆様からお教え願いたいところです.とりあえず,ここでは,似たような状況に置かれている──というのは, いかなる女性性も関係の産物であり,恣意性を免れないということを承知しつつも, なおかつ他の何ものでもない「女として」発言するという意味です──フェミニスト諸派のなかからヒントが得られるのではないかということを指摘するにとどめざるをえません.たとえば,次のような問い, 「わたしたちはどうすればポストモダンのメタ物語への不信感とフェミニズムの社会・批判の力を組み合わせることができるだろうか」(フレイザー/ニコルソン)という問いは, まさしくわたしがここで問いたい問いと重なっていますし,また,「本質のリスクを進んで引き受ける」(スピヴァック)という「戦略」も吟味に値する提案でしょう.

 いずれにしましても, 教育の仕組みを構想するときには,関係やコトだけではなく,どこかで実体としてのモノ(たとえば〈能力〉)を素材として想定しないわけにはいきません.そこには恣意性が介入することになるでしょう.したがって,普遍妥当性を鈍感に主張することはないでしょう.それは,歴史的,文化的に特殊な構想であるしかありません.その意味でそれは一種の暫定協定という性格を帯びることになるでしょう.〈真理〉への長い道のりの一里塚などではありえないのです.なによりも,そのような発想を捨てることから出発しなければならない,これが今日わたしの言いたかったことです.
今のところそこ(自称no-nonsense宣言)から一歩も進んじゃいないのだけれど、必要があって昨日から今日にかけて次のような文章を書いた。エッセンスは大昔に書いたものの焼き直しで新味は薄い。それは致し方ないとしても、勘が鈍っているのではないかと心配。叩いていただければ幸甚。
教育改革論が盛況である。だが、振り返ってみればいつの時代にも教育改革論は盛況であった。明治初期と敗戦直後の改革をそれぞれ第一、第二の改革と名づけ、自らを第三の改革と称する教育改革構想がここ三○年余りの間に三度登場してきている(中教審四六答申、中曽根臨教審、教育改革国民会議)。では、今ここで教育改革を論じることにどんな意味があるのだろうか。あるいは、教育改革をいかに論じることが求められているといえるのだろうか。

歴史の転換期が訪れているとしきりに語られている。大枠ではたしかにそうだろう。教育もまた例外ではありえまい。実際、昨今相次いで打ち出されている教育政策は、わが国の従来の常識をほんの数年前までは想像もできなかったほど簡単に覆しつつある。それはもはやリフォームというよりはトランスフォームの域に達しているようにも思われる。しかし、劇的ともいえる変化(の予兆)に比して、こうした教育政策の転換のもたらす正負の効果を見定める試みは、控えめにみても不十分、端的にいってしまえば貧弱である。政策を推進する側、それに反対する側、どちらの陣営の議論にも混乱と単純化がみられる。

かつて『教育学年報』創刊の辞は「新しい問題の成立は、それにふさわしい方法の確立を要請する」と謳った(1)。しかしながら、今日の情勢は、教育のいかなる事実をいかなる問題として構成するのかという「問題の成立」の局面それ自体を混沌のなかに投げ込んでいるかにみえる。

敷衍するならば、まず、ここでいう問題とはモノとして客観的にそこに在るのではなく、多かれ少なかれ思考活動によって構成されるものである。したがって、同一の事態が問題と認知されるか否か、いかなる問題と認知されるかは一義的には定まらないし、問題をいかように構成するかに応じて解のあり方もまた違ってくる。また、「問題とは、望まれる事柄と、認識された事柄の間の相違である」(2)という警句にもうなずけるところがある。問題の成立にとって認識と欲求の落差が必要条件であるとするならば、そこには必然的に評価という営みが潜んでいることになろう。近年の価値観の多様化は、問題成立のこうした局面それ自体の錯雑さを昂進させるのに寄与している。

問題を構成する時間を惜しむ者は「未熟な問題解決者」である。「経験を積んだ問題解決者すら、社会的圧力にさらされると、この『急ぎたい』という気持ちに負ける。負けてしまえば、解答はたくさん見つかるが、それが解くべき問題の解答だという保証はない。みんなが自分の好きな解答を採用させようときそいあい、他人の頑固さを攻撃し、違った視点もあり得るということに気づかない」(3)。教育のために理論を紡ごうとする者であれば、この危険性にいかに敏感であろうとも過敏ということはあるまい。

かつて教育社会学者である天野郁夫が、教育学は「基本的には『当為の学』」であると述べた(4)。求められる理論的営みについて、それに「教育のために」とあえて価値志向性を含ませたのはこの天野の指摘ともかかわっている。

社会的事象を対象とする研究が一般にそうであるように、教育を対象とするそれもまた当の社会の外部からその対象を眺めることができないという意味において内部観察であらざるをえず、アンソニー・ギデンズを借りれば、その「概念や理論、知見は、それが何であれ研究しようとしている対象のなかに絶えず『循環的に出入りしていく』」ことにより、「研究対象を再帰的に再構築していく」(5)。してみれば、教育理論は絶えず自らを刷新していかざるをえないといえば聞こえはいいが、別言すれば普遍的に妥当する理論の構築は論理的不可能事であるということになる。昨今の反本質主義的もしくは反基礎づけ主義的な教育研究をこうした事情にたいするメタ批判として位置づけることもあるいは可能かもしれない。これらの研究における教育の自明性を「宙吊り」にしてしまうといういささか紋切り型のフレーズは、教育世界において教育なるものの存在根拠がつねに問われるに至っているという事態と共軛的である。

ところで、自明性を宙吊りにする教育研究には「〜べきだ」という言葉は出てこない。それは禁欲の結果というよりは、むしろ、採られている方法の必然的帰結とみなすことができる。その代わりしばしば目にするのはたとえば「抑圧」とか「規律化」といった言葉である。それらは解釈作業のそこかしこに出現し、形式的には記述命題のなかに収まっている。しかしながら、素直に読んでいくと、奇妙なことに、それらの言葉からはある拍子にネガティヴな匂いが立ちのぼってくる。「非抑圧」や「脱規律化」といったポジティヴな規範的観念を予想させるこの匂いはいったい何に由来するのか。

経験と規範の境界の曖昧さについて野家啓一はヴィトゲンシュタインを援用しつつ次のように述べている。「一群の経験命題は他の経験命題に対して『超越論的機能』を発揮しうるのである。……その機能は、知識体系の全体的布置によって定まる個々の命題の『位置価』に由来する」(6)。宙吊り研究においてこの「超越論的機能」を担う命題は表面には自らの顔を出していないけれども、盛山和夫がいみじくも示唆しているように、「相対主義はしばしば強烈な規範指向が身にまとう外皮」であるとするならば(7)、整合的な理解が得られるであろう。本質主義・自然主義に批判的なスタンスをとる一連の教育研究もまた、それを「教育的」と形容するか否かはさておき、新しい社会関係についての規範的指向に暗黙裏に駆動された、いわば反転した「当為の学」といえようか。

かくして、教育なるものの存在根拠がつねに問われる時代における、宮台真司の言い回しを借りるなら、「自明性に浸されていた選択前提(教育なるものという構造=引用者)が、選択対象となる」(8)時代における理論研究の課題を次のように設定することができよう。すなわち、教育という構造の内部で「教育問題」の処方箋を探るのではなく、再帰的前提を自覚し思考を洗練すると同時に、あるべき新しい社会関係を(教育の名のもとに)構想すること。教育改革をめぐる政策サイドやマスコミはもとより、教育の現在と未来に関心を寄せるあらゆる人々によって参照されるに足る理論がもしあるとするならば、それは少なくともこの二つの条件をクリアしたものとなろう。

最後に・・・以下略・・・

...to the top