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2007-01-04

対訳教育改革官邸用語 または 「21世紀最初の政治思想」
まずは、“Abe Cabinet E-mail Magazine” からいくつか拾ってみます。

教育再生会議:the Education Rebuilding Council
((公)教育を)再生(する):rebulid, revamp, restructure
教育改革:educational reform(s)
(家庭の・地域の)教育力:(the) educational roles
美しい国:(a) beautiful country
自律(の精神):self-discipline
公共の精神:(a) spirit of public-mindedness
伝統:national tradition(s)

何と言っても「自律」が異彩を放っています。

「自律的」で思い出すのは「自律的労働時間制度」です。海の彼方の white-collar exemption をまねたとされるこの制度の提案は猛反発をくらい(不払い残業を合法化するだけとか)、厚労省も最近では「自由度の高い働き方にふさわしい制度」と言い換えているようですが、ことほど然様に「自律」は「自由」と親和的な語感をもっています。要は autonomous です。手元の辞書をめくると、「is partly independent and has the right to organize most of its own activities, buisiness etc」とあります。

では、それとはちがう self-discipline のほうはといえば、こちらのほうは、「the ability to make yourself work hard, take a lot of exercise, not eat the wrong foods etc because you know it is good for you to do so」とあります。

good for you」である「自律の精神」と「good for others」である「公共の精神」とが対になって完全態となるという構想かと思いきや、実は微妙にずれています。以下はあちこちで引かれている部分。
 海に平気で空き缶を捨てる子供に対しては、法律で禁止されていなくてもそうした行為は恥ずかしい、やってはいけないのだという道徳や規範 discipline 意識を身につけさせることが必要です。
 さらに、利益にならなくても、海に捨てられた空き缶を見つければ拾ってゴミ箱に捨てる、といった公共の精神を培っていくことも必要だと思います。
前半部が「自律の精神」のレッスンになっているのですが、みてのとおりここには「good for you」的要素は稀薄です。ですが、まあ、「good for you」は「日本本来の価値観essential Japanese values」ではないのだろうと想像してみればそれも合点がゆくというものです。
では「恥」とは何かといえば、「品格ある国家dignified nation」なる言い回しが使われているところから推測するに、おそらく武士道的なそれ、それも藤原トンデモ流のそれでしょう。

ところでお読みになった方も多いでしょうが、「朝日新聞」は4週間ほど前「新渡戸「武士道」人気 教育基本法改正・反対両派の論拠」なる記事を流しました。そして、その一週間後、教育基本法「改正」反対派は東京大学教育学部でシンポジウムを開催し、その論題の一つに「新渡戸稲造・南原繁・河井道の教育理念」を掲げました。南原も河井も新渡戸の弟子筋に当たります。戦後教育基本法策定にかかわりました。
シンポジウムで何が語られたのか、新渡戸の Bushido は、あるいは内村の Japan and Japanese はどのように位置づけられたのか、政治的配慮はどのように働いたのか、知る由もありません。

と、こんな書き方をすると傍観者的だとのお叱りが聞こえてきそうですが、しかし、ともかくもパワーゲームが一応の決着を見たからには、虚心に愛国を考える頃合いかと思います。私が読んだかぎりでは新渡戸も内村もかなり屈折しており、そのままでは味方とも敵ともみなしにくく、政治論争(白黒決着のディベート)というよりまずは学問論争向きであるといえます。
新渡戸がやっている武士道とキリスト教の徳目比較は結構おもしろく読めます。両者は8割方一致。そして前者になくて後者にある代表的なものの一つがほかならぬ「愛」。「愛」なしで「愛国」について語るのには一ひねり必要。

話を元に。「自律の精神」の安倍的語感に近いのを探すとやっぱり noblesse oblige ですかね。ethics of Protestantism だとどうしても救済、good for you の影が射してしまいますから。

ところで、「自律」を「self-discipline」と見定めることによって何が見えてくるでしょうか。「規律訓練社会」? えっ、ちょっと待って、「規律訓練社会」から「監視社会」へ、だったんじゃあないの?
ちがいます。橋本努さんによれば、これは「俗説」です。
 なるほど戦後の福祉国家社会における人々の身体は、例えば学校や病院や刑務所といった施設を媒介にして、微視権力による「主体化=自律化」を促されてきたという側面がある。しかし「小さな政府」を理念とする八〇年代以降のネオリベラル社会においてはどうかというと、そこにおいてもやはり、公的機関における微視権力の作用が問題とならざるをえない。イギリスとアメリカにおける最近一〇年間の福祉政策をみてみると、実態はむしろ、福祉の受給者に対する規律訓練権力が強化される方向に向かっているようだ。「福祉(ウェルフェア)から就労(ワーク)へ」というスローガンはまさに、勤勉労働の倫理を人々に植えつけるという、規律訓練権力の強化を示していよう。現代の「主体」は、雇用機会の充実と雇用の促進という政府の政策術において、「新しいパターナリズム」[Mead ed. 1997]の権力に巻き込まれている。
 ここで新しいパターナリズムとは、福祉受給者の経済的自立と就労を支援するために、政府が雇用機会を創出すると同時に、就労訓練を監督するという政策の理念である。その権力は最下層の人々を規律訓練することによって、国民国家の社会的義務を遂行させるという調教の作用を伴っている。アメリカではクリントン政権と共に有名になったこの「新しいパターナリズム」は、現在のブッシュ政権においては「思いやりのある保守主義」と呼ばれ継承されている。(クリントン政権の「福祉から就労へ」
教育はパターナリズムの主戦場です。

橋本さんは、この「新しいパターナリズム」と「思いやりのある保守主義」は「従来の福祉国家と市場社会の中道を探る「第三の道」とは、基本的に同一の理念」だと喝破されたうえで、「イギリス左派贔屓とアメリカ中道無視という心理的傾向」の強い日本では英国の伝道者義伝図については知られているが米国の新保守主義については固有名詞がほとんど流通していないと嘆かれています。
アメリカでは90年代以降の福祉改革を導く理念として、新保守主義の思想が台頭している。この思想は、ハイエクの新自由主義思想とは鋭く対立し、現代のアメリカ社会を導く支配的な思想となっている。そしてその思想の中核には、ヒンメルファーブの著作群がある。21世紀最初の政治思想が現代アメリカの政治を導く理念であるとすれば、それは外交理念のシュトラウス、福祉政策理念のヒンメルファーブという二人の思想家によって代表されよう。私たちはこの二人の思想を、いかにして乗り超えることができるのだろうか。日本の現代思想研究に課された課題は、まずもってこの21世紀最初の政治思想、新保守主義の思想を真摯に検討することであるように思われる。
というわけで Gertrude Himmelfarb 要チェックです。

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