こんなことばっかりやっててもしょーがないんだけど・・・
文科省申請用の業績(至急:科目「進路指導論」)の下拵え
旧記事: の焼き直し
いわゆる「失われた10年」の後半期、新規学卒者の就職難、若年失業率の上昇、フリーター指向等が社会問題として急速に浮上した。これらに対処すべく文部科学省の委嘱を受けた「高校生の就職問題に関する検討会議」が2001年に取りまとめた報告書は、「学校での指導が生徒の進路意識の形成に大きな影響を及ぼすに至っていない・・・。学校教育にあっては、このことを重く受け止め、指導・援助の在り方を厳しく見直すことが必要であろう」と、学校における従来の進路指導を厳しく指弾した。そして、それと相前後するように「キャリア教育」という言葉が教育界で頻繁に耳にされるようになる(文部科学省の政策文書における初出は1999年の中央教育審議会答申)。その後、キャリア教育への関心は急速に広がりを見せ、小泉内閣の「若者自立・挑戦プラン」は「骨太方針2004」に取り込まれ、安倍内閣「キャリア教育等推進プラン」(2007年)へと引き継がれる。こうしてキャリア教育は文字通り国策となり今日に至っている。.
キャリア教育を扱った書籍は激増しているが、そのなかでも児美川孝一郎『権利としてのキャリア教育』は、政策の解説や現場サイドでのノウハウに傾きがちな類書とは異なり、キャリア教育が今日のわが国の教育状況を変えるにさいしていかなる潜勢力をもちうるのかを独自の視角から論じている。.
ここまで(第4章)までの個々の記述は、私が講義(進路指導論)で学生たちに半ば試行錯誤的に喋っていることと重なるところが少なくなく(もちろん全面的に同意するわけではない。たとえば、2000年代初頭と中期との間にニュアンスの変わり目を認めることも可能である。)、その意味では安堵感を与えてくれたりもするのだが、しかし、著者がおそらく一番言いたいことについては、私は少し違った考えをもっている。